株主アクティビズムの建設的不調和

日本の与党である自由民主党が、アクティビスト株主(物言う株主)が株主総会で議案を提出するために必要な閾値の引き上げに動いている。4月27日のCNBCの報道を見逃した方のために、平たく言えば、日本は業績不振企業を守る壁を作り、それをコーポレートガバナンス改革と呼んでいるということだ。

これは証券法の技術的な修正ではなく、保護である。現職の取締役会を、お粗末な資本配分を、そして現状に安住している人々に都合のいい現状を守るための保護だ。そして、ゆっくりとではあるが確実に何かを変えつつあったここ数年の勢いを、逆行させるものだ。

今まさに解体されつつあるものについて、私の意見を率直に述べよう。

株主アクティビズムが実際に行っていたこと

東京証券取引所が2023年に、PBR(株価純資産倍率)1倍割れの企業に対して資本配分計画の説明を求めるか然るべき対処を受けるかという取り組みを始めたとき、それは日本のコーポレートガバナンスがほとんど経験したことのないものを生み出した。逃げ場のない説明責任である。

日本企業は何十年もの間、持ち合い株式の山、余剰現金、業績不振の事業部門を抱えながら、しっかりとした説明責任を問われることはなかった。ところが国内外のアクティビスト株主が、その状況を壊したのである。彼らは議案を提出し、取締役会に公の場での対応を迫り、何もしないことによるリスクを高めることに成功した。

アクティビストが常に正しかったか?そうではない。短期的な利益を長期戦略より優先したケースもあったのではないか。もちろんだ。しかしその仕組みは機能した。資本配分は改善し、取締役会は形式的なものではなくなっていった。日本企業は、長年静かに避け続けてきた問題に、公の場で向き合わざるを得なくなっていった。

その仕組みが今、なくなろうとしている。

だからこそ「建設的な不和」が重要なのだ

私は長年、「建設的な不和」と呼ぶ原則について書いてきた。健全な組織に真の調和などなく、挑戦と対立から生まれる緊張こそが真の進歩を生むという考え方だ。過度な調和は、表面下に潜む経営上の問題、機会の損失、意思決定の先送りを生む。誰もが居心地の悪さを避けようとするからだ。

株主アクティビズムが日本の企業環境にもたらしたのは、まさにそれだった。外部から持ち込まれた建設的な不和だ。それは業績不振の資産を説明なしに保有し続けることを、社会的に居心地の悪い、そして次第にコストのかさむものにした。その挑戦は歓迎されるものではなかった。しかし、だからこそ効果があったのだ。

日本政府は今、その不快感を保護すべき仕組みではなく、解決すべき問題だと判断してしまった。

同じようなことが組織の内側でも起きるのを、私は何度も見てきた。CEOが居心地の悪さを理由に業績不振への説明責任を取り除けば、行動は変わらない。固まるだけだ。企業が部門をまたいだ対立の場を廃止すれば、サイロはなくならない。硬直するだけだ。外部からの挑戦を取り除けば、人は元のやり方に戻る。なぜなら、それ以外のことをする理由が何もないからだ。

日本がマクロレベルでやったのは、まさにこういうことなのである。

日本でビジネスを率いているあなたへ

日本でビジネスを率いている外国人エグゼクティブで、マクロレベルのガバナンス改革を見ながら「少なくとも自分の周りの環境は変わりつつある」と思っていた方、その考え方はやめてほしい。その追い風はなくなったのである。

さらに正確に言わせて欲しい。それに依存していたとしたら、そもそもそれが間違っていたと言える。

日本が自分たちの必要とするビジネス環境に改革されるのを待っている。取締役会がもっと決断力を持つのを待っている。スタッフがもっと積極性を持つのを待っている。文化が変わって大胆な行動がしやすくなるのを待っている。そういったエグゼクティブたちのことを、しょっちゅう耳にする。私は何年もかけて、それは戦略ではなく放棄だと言い続けてきた。

この考え方の最も根強いバージョンは、日本の組織は文化的に変化に抵抗するという思い込みだ。私はそれを否定する。文化的抵抗に見えるものは、ほぼ常に別の何かだ。基準の欠如、説明責任の欠如、あるいは別のやり方をしようとしている人々へのサポートの欠如だ。それは経営の問題であって、文化の問題ではない。そして解決できるものでもある。

自由民主党の今回の動きは、そういったものを何も変えるものではない。むしろ、クリアにするものだ。

変革の推進力を生むものは何か

私は変革の推進力が三つの柱の上に成り立つと表現している。明確なパフォーマンスと行動の基準、それを達成するための真の説明責任、そして人々が成功するための真のサポートだ。外部からどれほどの圧力があろうと、この三つのうち一つでも欠ければ変革の取り組みは死ぬ。

外部からの圧力は、それがマクロレベルのアクティビスト株主からであれ、組織レベルの本社からの指示であれ、これら三つの柱の代わりにはならない。それは緊迫感を生むことはできる。大胆に行動したいリーダーに対して後ろ盾を与えることはできる。しかし、基準を設定し、人々にそれを守らせ、彼らがそれを達成できるよう真剣に投資するというリーダー自身の意志の代わりにはなれない。この三つがなければ、変革は課外活動として扱われるか、建前になるか、消耗戦になるか、そのどれかだ。日本でその三つすべてを目にしてきたが、どれも結果を生むことはない。

まず行動すれば、賛同はあとからついてくる。それが変革の動き方だ。日本でも、その他の国でも。真の結果ほど説得力があるものはない。私が知る最も成功したリーダーたちは、環境がより許容的になるのを待ってから行動したりはしない。実行によって賛同を得る。

そして自由民主党の今回の動きが明確にすることは、(たとえそれが意図でなくとも)この役割を担っていた外部的な説明責任の仕組みが取り除かれるということだ。日本でビジネスを率いる外国人エグゼクティブにとって、これが意味するのは絶望ではない。明確さだ。

あなたは常に変革推進者だった。そしてあなただけが変革推進者なのだ。これはそれを再確認するだけのことだ。

では、あなたは何を待っているのか?

私が日本のエグゼクティブと良く交わす会話はこのようなものだ:彼らは対立を避ける組織、曖昧にする取締役会、結果よりも調和を優先する文化を説明する。そしてどうすればいいかを私に聞く。

私の答えはいつも同じだ。対立を制度化せよ。意味のある基準を設定せよ。例外なく説明責任を適用せよ。設定した目標を達成できるよう人々を本気でサポートせよ。今すぐそれをやれ。環境が改善するのを待ってからではなく。今週の東京からのニュースでわかったのは、環境の改善は起こらないということだから。

あなたはまだ、自分のビジネスの為に、日本が改革してくれるのを待っているのだろうか。

それは決して戦略とは言えない。

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