会社ぐるみの不正には、どう対処すべきか

もう10年ほど前のことですが、ヨーロッパの建築インフラやエンジニアリングサービスを提供する企業の日本法人のCEOから、彼の会社で安全に関する故障や事故が繰り返し発生していることについて相談を受けました。ある事故では一人が死亡、他の事故も死者が出てもおかしくない程深刻なものだったそうです。彼は、最前線のスタッフが安全規則を守らなかったことが原因ではないかと考え、私に調査を依頼しました

この事故死のケースの方には日本の検察も関心を持ち、会社を調査しているところで、社が起訴される可能性も現実味を帯びてきていました。また、他の事故に関する報道もメディアで取り上げられていました。

この会社は、東京や日本各地に支店を持ち、それぞれの地域で顧客にサービスを提供していました。私はすべての支店を訪れ、支店長、中間管理職、そして一部の現場スタッフに話を聞かせてもらいました。

現場スタッフが話してくれた内容は、全て同じものでした。彼らの上司は、安全規則を無視するよう圧力をかけ、日本の規制に反してでも生産性と業績を向上させることを第一にしていたと言うのです。中間管理職も、支店長から同様の圧力を受けていたと語りました。

支店長たちも全員がこのことを認め、さらにこれは業界全体で行われていることだと付け加えました。すべての企業が利益を維持するためには、安全規則の遵守を怠っていると言うのです。それは、必要悪として捉えられていると。

ある支店長は、安全規則の不履行問題が行われていることは認めながらも、自分の支店には関係ないことと主張しました。彼はデスク越しに私を睨みつけ、軽蔑の眼差しと義憤に満ちた口調で話しました。彼の支店では一度も事故や事件が起きたことがなく、なぜ安全規則をしっかり守っていないことが問題になるのか、と馬鹿にするように問いかけてきました。

傲慢とは、自分がもう学ぶべきことは何もないと信じることです。自己満足は、才能を伴わない傲慢さです。

支店のオフィスはどこも暗く、静かでした。普段オフィスで聞かれるような会話(最近の成功を祝う声、昼食から戻ってきた社員の笑い声や雑談、夕方や週末の予定についての話など)は一切聞こえませんでした。私が話を聞かせてもらった社員は全員、緊張していて、ぼそぼそと話し、頻繁に時計を見ていました。誰も私と話したがっていないのは明らかでした。

ビジネスの目的は、人々の生活を向上させることです。「まず、害を及ぼさない」というヒポクラテスの誓い(医学倫理を順守するという医者による誓約)は、医療だけでなくビジネスにも当てはまります。これらの価値観はすべての人間の営みにとって基本的なものです。短期的な利益のためにこれを侵すことは、自ら進んで、あるいは強制されて行うにせよ、魂を破壊する行為です。私が訪れたオフィスや話を聞いた人々があんなに暗かったのは、当然のことではないでしょうか。

私は自分が発見したことに非常にショックを受けました。そして最終報告をまとめるより前に、すぐにCEOに知らせる倫理的義務を感じました。しかし、CEOは私の懸念を一蹴し、逆に私を非難したのです。

「社員たちが君を騙しているんだよ。」と彼は主張しました。「君のような人がそんな見え透いた嘘に引っかかるなんて驚きだ!引き続き調査を続けて下さい。」

私は言われるまま調査を続けました。

日本法人のCFOにも話を聞きました。彼はイギリス人の駐在員で、世界中の支社で働いてきた経験のある人物です。彼は私の調査結果を聞いて、こう言いました。

「スティーブ、これは会社全体の公然の秘密だ。世界中で安全規則が無視されている。みんな知っていることだよ。」とCFOは冷静に言いました。

「日本のCEOもそれを知っているのですか?」と私は尋ねました。CFOは何も言いませんでしたが、その答えは明白でした。

私はCEOに連絡し、会社が起訴されれば報告書が召喚されるリスクがあるので、口頭での報告を提案しました。しかし、CEOはこれを拒否し、書面での報告と、幹部チームへのプレゼンテーションを要求しました。私はその通りにしました。

すべての幹部が出席する会議で私は調査結果を報告しました。おそらく、その中には安全規則を無視する圧力に屈しながら昇進し、その後部下には同じような圧力をかけてきた人々もいたのでしょう。

報告の途中で、CEOは私に対する怒りを爆発させました。

「君がこんなに愚かで騙されやすいとは信じられない!全ては現場スタッフのせいだ!彼ら全員が君を騙すために共謀したんだ!」と彼は怒鳴りました。

彼は会議テーブルを叩きつけ、突然立ち上がり、会議室を出ていきました。

私は冷静でした。私の仕事はアドバイスを提供することです。時には、私の言うことが気に入らない人もいるでしょう。

私にとって、その会議はそれで終わりでした。提案を行う意味はなく、議論の必要もありませんでした。私は荷物をまとめ、会議テーブルに座っていた幹部たちを見わたしました。すると、ある幹部が落ち着いて話し始めました。

「スティーブ、日本では時速40キロの制限速度の道路があるけど、みんな60キロで走るのを知ってるだろ?40キロじゃ現実的に遅すぎるからね。うちのビジネスもそれと同じで、安全規則は非現実的なものなんだ。従っているものなど誰もいない。遵守していれば、競争に勝てないんだよ。」と彼はまるで何も知らない子供に説明するように話しました。

「でも、あなた方の競合他社はこのような事故を起こしていないし、調査も入っていない。競合他社はあなたたちよりも安全規則の無視をうまく隠しているから、まだ捕まっていないということなんですか。」と私は尋ねました。

「たぶん、当局は外国企業に不当に厳しいからじゃないだろうか。」とその幹部は言いました。

私は亡くなった人のことを考えて何とも言えない気持ちになりましたが、何も言いませんでした。議論する意味はありませんでしたから。

私は会議室を出て、会社をひとりで後にしました。そして悲しい気持ちで電車に乗り、家に着くと、すぐにシャワーを浴びました。

その数か月後、その会社に関連する新たな事故のニュース記事を見つけました。死亡者が出てもおかしくないような事故でしたが、ひとりが軽傷を負っただけで済んだのは不幸中の幸いでしょう。その事故が起きたのは、あの事故ゼロを自慢していた支店長の管轄エリアでした。

時々、CEOや幹部たちから、会社が組織的に法や規制、倫理を違反している場合、どうすべきかと尋ねられることがあります。その際、彼らには3つの選択肢があると伝えています。

Live with it and do nothing, which makes you complicit by default.
Do something to confront and change things.
Leave.

そして実行可能なのは後の2つの選択肢だけだと説明します。最初の選択肢を選べば、魂が少しずつ壊されていくのは目に見えていますから。

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