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レジリエンスとハノイ・ヒルトン

東京のある高級ホテルのゲストサービスのコールセンターの担当者の方が、ゲストの要望に応えられなかったことに対してどれほど申し訳なく感じたかを話してくれたことがあります。彼女はまた、どうすればもっと良い対応ができたのだろうか、と私に聞いてきました。そのゲストは、特定の日にホテルの高級レストランで8人分のディナー予約をしたいと電話で問い合わせてきたのですが、その日はすでに予約で殆ど埋まっている状況でした。

彼女は、別の日にする、別々のテーブルに座る、少しの追加料金で景色の良いプライベートルームを利用する、などといったオプションを勧めたのですが、どれもゲストには受け入れてもらえませんでした。

結局ゲストは怒って電話を切ってしまいました。そして彼女は正しい対応をしたにもかかわらず、申し訳ない気持ちになったのです。でも他に何ができたでしょう。すでに予約をしている他の顧客を追い出して、そのゲストのために場所を空けるべきだったとでもいうのでしょうか。

ゲストサービスのコールセンターの担当者は、ホテル業務の中でも最も難しい仕事の一つを担っています。彼らが受けるリクエストの内容はあらゆるエリアに及びます。顧客から、婚約者に対するプロポーズの方法まで相談されたこともあったと言います。失敗することを恐れる故の相談だったそうですが、あなたなら、どんなアドバイスをするでしょうか。

担当者は、不条理なほど怒りっぽく、どう見ても我儘なゲストからの苦情にも、冷静に対応しなければなりません。正当なクレームの場合は、その場で客観的な判断を下し、調査に時間をかけたり、そこに上司をわざわざ巻き込んだりすることなく、即座に問題を解決する勇気を持っていなければなりません。

時には、担当者がやたら要求ばかりするゲストと融通の利かないホテルスタッフとの間で板挟みになることもありますが、それでもゲストの代弁者となり、同僚に対して毅然とした姿勢をとる必要があります。

心理的なプレッシャーは非常に大きく、最もタフな人だけがこの仕事を続けることができるのです。

官僚であれば何事も白黒のはっきりしたやり方で仕事をしますが、ゲストサービスの担当者の場合は、はっきりしない世界で仕事をしていると言えるでしょう。

官僚たちはルールに従って決定を行います。ゲストサービスの決定は、主義に基づいて行われます。

彼らがすべきことは、常識に従うこと。共感すること。真実を伝えること。決してゲストに責任を押し付けたりしないこと。誰の責任でもない場合でも、納得のいく解決を導くこと。ホテルではなくゲストの側に立つこと。たとえ間違う可能性があってもその場で決断をすること。可能な限り、後から連絡するなどと言ってゲストを待たせないこと。

そして、正しいことをするのです。どのような時でも。

ゲストサービスのための技量も大切です。クレームを言う怒り狂ったゲストを一番早く落ち着かせる方法は、ゲストの側に寄り添い、ゲストの不満に同じくらいのレベルで同調することです。

「それはひどいです。そのようなやり方は当ホテルのモットーに反します。どうすればご満足いただけるか、お聞かせいただけませんでしょうか。」

担当者を敵ではなく、自分のために戦ってくれる味方と見なすと、ゲストは冷静になり、担当者に事を任せてくれるようになります。

しかし、判断を下すための原則や行動を導く方法がある場合でも、ゲストサービスの担当者は時折、不必要な心理的プレッシャーを感じてしまうことがあります。先ほどの担当者のように、過去の失敗を後悔し、間違った判断をすることへの恐怖や、ゲスト、同僚、上司からの叱責を恐れることもあります。たとえそのような恐れが必要のないものだとしてもです。原則や戦術だけでは不十分なのです。そこで大切なのは、物事をどう考えるかという視点です。

そこで私は、あるゲストサービス担当者のグループに、シンプルな質問をしてみました。

「皆さんの中で哲学を学んだことがある人はいますか。」

その中の一人だけが大学で必修科目として学んだことがあると言いましたが、その内容はほとんど覚えていないとのことでした。どちらにせよ、若いうちに哲学を学ぶことは、実践ではなく理論を学ぶに過ぎません。哲学は、人生経験が豊かになってからこそ意味を持つものです。

そこで、私はローマのストア派の哲学者たちの教えを伝えました。彼らが到達した結論は、禅僧のそれと似ています。

「人は誰も過去に存在しません。未来にも存在しません。私たちは皆、現在、つまり『今』にのみ存在しています。今、私たちが選択して行うことのみが重要なのです。

『今』には恥や罪悪感、後悔はありません。これらは全て、過去の記憶に付随する感情です。『今』には不安やストレス、心配、絶望、恐怖もありません。これらは全て、未来を想像することに付随する感情です。

私たち人間は時間の感覚に囚われています。歴史や記憶に囚われています。どのような未来が待っているのかを想像してしまう能力に囚われています。私たちの考えは常に過去に引き戻されたり、未来へと引っ張られたりとするものです。そして今この瞬間だけを考えられることはほとんどありません。

今あるのは、あなたの道徳、価値観、そして原則だけです。それに従って行動するかしないか、それだけです。それを意識しているかいないか、それだけです。

今この瞬間に、正しいことを行ってさえいれば、自分の行動に安らぎを見出すことができます。たとえ間違っても良いのです。時間は常に流れており、常に新たな『今』があるのです。」

グループの人々に必要だったのはまさにこのことでした。この言葉を聞いた彼らは、その場で考え込みました。ある女性は顔を手で覆った後、その顔を上げて「その通りです。」と言いました。他の人たちも頷いていました。

彼らは、仕事をやっていく上で強く、成功していく為には、今この瞬間を意識することが大事だと理解したのです。

アメリカ海軍の飛行士ジェームズ・ストックデールは、ベトナム戦争中、北ベトナムの「ハノイ・ヒルトン」とも呼ばれていた悪名高き監獄に7年間捕虜として拘束され、55回もの拷問を受けました。

1965年に徴兵される前のこと、ストックデールは彼の哲学教授から、ローマ時代のストア派哲学者エピクテトスの教えが書かれた2冊の本を渡されました。彼はその中の『エンケイリディオン』を暗記し、『エピクテトスの談話集』も読みました。

ストックデールは、これらの本から学んだ教えのおかげで、その7年間を耐え抜くことができたと言っています。現在、そのローマのストア派哲学は、アメリカ海軍兵学校のカリキュラムにも組み込まれています。

もしジェームズ・ストックデールが、今この瞬間を生きることで、ハノイ・ヒルトンでの7年間を耐え抜くことができたのであれば、東京の高級ホテルで働くこれらのゲストサービス担当者も同様に、その厳しい仕事に耐えることができるはずです。ゲストサービスに限らず、彼らの同僚にも役立つと思われます。

もしかすると、あなたの会社の社員の方々にも当てはまるのではないでしょうか。

そして、きっとあなたにも。

追記:『エンケイリディオン』はわずか30ページの本で、英語、日本語、その他多くの言語に翻訳されています。ジェームズ・ストックデールは、エピクテトスの哲学や極限状態でも強くあることについて、数多くの著作を残しました。簡単に入手できると思います。

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