マトリクスをマスターせよ

マトリクス組織を採用している企業のCEOの方々が、自分の権限がないことについてぼやくのをよく聞きますが、私の知っている本当に優秀なCEO達はそんな不平をこぼすことは決してありません。彼らは特有の曖昧さを持つマトリクス組織において、しっかりマトリクスをマスターし、権限を行使し、自分そしてビジネスの利益に対する影響力を持っています。あなたももしマトリクス組織を採用しているグローバル企業の日本支社のCEOで、権限が限られていると感じているのであれば、ちょっと考えてみて下さい。その権限の正しい使い方さえ知っていれば、実は自分が思っていたよりずっと大きな力や権限を持っていることがわかるかもしれません。

マトリクス組織を採用していようがいまいが、日本支社のCEOの皆さんは、ビジネスの結果を出すという責任を課されています。責任があるということは、権限もあるということです。そうでなければ、現地リーダーを配置する意味などありません。自社のマネージャーがあなたの直属の部下ではないからといって、あなたが重要と感じている仕事のやり方だとか結果を出すことについて自ら彼らに責任を課すべきでない、と思っていらっしゃるのであれば、それは間違いです。直属であろうがなかろうが、あなたがやって良いことなのですから。

これはフランス企業の日本支社のCEOの方から聞いた話です。彼女はマーケティング、営業、製品開発チームが社のグローバル戦略を日本で成功させることに失敗するのを目の当たりにしたのですが、それについて自分が何もできないと感じており、私にこう言いました。「日本のチームのリーダー達は、それぞれフランスの該当部長の下にいて、私の直属というわけではありません。だから私が彼らにいろいろ言う権利はないんです。」しかしこれは間違っています。彼女は実は権限を持っているのに、それを使うことに躊躇しているだけなのです。

日本企業のCEOであれば、その権限は(少なくとも法律上では)広く、またはっきりしています。例えば自分の裁量で人材の雇用や解雇、命令の変更、資金の分配、契約の締結といったことを行う事ができるようになっています。ただそのような権限を行使する事によって生じる結果が怖いから、それができないCEOがいるのです。ここで私が言う権限とは、力の乱用とは違います。ビジネスを代表するディレクターとして、妥当な権限を行使する、ということです。それは本社の人々があなたのやることに同意しなかった、としてもです。

海外本社でグローバルビジネス部門を率いるリーダーの仕事は簡単なものではありません。特に社員が控えめ、或いはあからさまに抵抗をしてきたり、逆に現状に甘んじていたりする場合はなおさらです。多くの企業で日本人スタッフによく見られる、英語力の低さやはっきりしない話し方については言うまでもありません。遠く離れた場所にいるスタッフに責任を持たせることは難しいことです。ある日本駐在のCEOなどは、本社のトップについている人々は、まさにそれが理由で日本のオフィスに関わることを嫌がっていると私に告白してくれました。この彼もかつてはそういったポジションにいた方なので、内情をよくわかっているわけです。

現実には、最良の場合でも、本社の海外ビジネス担当のリーダーは、現地マネージャー達に自分の行動や出す結果に責任を持たせるためには、現地CEOの助けが必要なのです。表向きの権限や上下関係がどうであろうとも、です。現地CEOのあなただけが、現地社員と直接話をし、現場の状況を理解し、必要な時には彼らに圧力をかけて従わせる事ができるのです。本社のグローバルビジネス担当リーダーは、あなたなしには成功できないのです。多分お分かりかと思いますが、逆の立場でも同じ事が言えます。もし本社グローバルビジネス担当リーダーがあなたの後ろ盾になってくれなければ、あなたが現地マネージャーにいろいろ頼むことも難しいでしょう。お互いに自分の目的について妥協をしてしまえば、両者とも成功することはできません。 マトリクス組織の中で仕事をしているCEOの中でも本当にできる人々は、例外なく、本社のグローバルビジネス部門を率いる人と協力することで成功を収めている。 Share on X

あなたもマトリクス組織を率いているのであれば、同様の方法で成功する事ができます。もし現地マネージャーに対して自分の権限を確立したいのにそのやり方がわからない、と考えているのであれば、まず本社グローバルビジネス部門のリーダーに連絡することです。そのリーダーのあなたの会社のスタッフに対する優先事項はどのようなものか聞き、それからその進み具合はどのようなものか尋ねましょう。もしあなたが現地マネージャーやそのスタッフに苛立ちを感じているのであれば、多分グローバルビジネスのリーダーも同じように感じている可能性は高いので、あなたが手助けしたいと言えば、きっと話を聞いてくれるでしょう。あなたの方も自分のスタッフに対してのはっきりした優先事項があるのなら、マネージャー達に責任を負わせるに当たって、グローバルビジネスリーダーに助けを求めるのは妥当なことですから、リーダーが手を差し伸べてくれる確立は高いと思います。

しかし、もし、グローバルビジネス部門のリーダーがあなたへの協力を拒否したり、あなたの掲げる優先事項に同意してくれなかったら、どうすれば良いでしょうか。

現地CEOはどのような場合でも、グローバルビジネス部門責任者より強い立場にあります。ビジネスのためになることならば、自分の権限を使ってそれを実行してもも大丈夫な筈です。極端な例を挙げれば、例えばグローバル部門リーダーの意に背いて現地マネージャーを解雇したりしても構いません。実際私も、同様なことをしたグローバル企業の日本支社CEOを二人知っています。二人とも会社のためとならないような行動をとった自社の人事部長を、グローバル人事部長の反対を押し切って、解雇しました。そしてどちらのケースにおいても、最終的には、この判断は本社CEOに支持されたのです。グローバル企業のCEOなら誰しも、人事部長ができる人はどこにでもいるけれども、日本でのビジネスをリードし、素晴らしい成果を出せるような人材はなかなかおらず、貴重であることを知っているのです。自分が会社にとってどれだけ価値があるかを忘れないでください。そしてそれが自分の影響力や権限にどのような意味を持つかということもです。

だからと言って、自分が典型的な権威者だと周りにわかってもらうために、手当たり次第に社員を解雇するべきだ、などということはありません。ただ、あなたの言うことを真面目に捉えてもらうためには、あなたが自分の持つ権限を全て発揮することを恐れていない、と言うことを周りにわかってもらう事は大切です。

私の知るCEOは、ある時、現地営業部長の成績の低さについて、営業の本社国際部門部長に直談判しました。そして現地CEOは、現地営業部長が業績をあげ、クリアな目標を決められた期間の中で達成することについての責任を、国際営業担当部長に課したのです。そしてもしそれが達成できなければ、現地CEOはこの現地営業部長を解雇すると宣言したのです。この現地CEOと国際営業担当部長はどちらが上だとか下だとかいう関係ではなかったのですが、国際営業担当部長にとって現地CEOが優先事項として掲げるものを無視する事ができないのは明らかでした。

最終的に決まった目標達成の期限は、現地CEOが望んでいたものより長くはなりましたが、それでも両者が妥当と思えるものに落ち着き、二人で一緒に営業部長が責任を果たす事を確認することにしました。結局この営業部長は業績を伸ばし、解雇を免れる事ができました。これが、もし現地CEOが自分に権限がないからなどと言って最初から諦めていれば、何も変わることはなく、結果、ビジネスにも悪影響が出ていたことでしょう。

マネージャーであれば大体会社の政治的なことはわかっているでしょうが、大切なのは政治的資本をどう使うかということです。できるリーダーは、自分の政治的資本を使うことを恐れません。あなたもそうあって欲しいと思います。

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