説明はシンプルなものほど正しい

検証困難な複雑な理論を用いるより、できるだけシンプルな理由を考えること。このオッカムの剃刀と呼ばれる考え方は、日本も含め、グローバルビジネスにも当てはまります。

最近東京で行われたCEOフォーラムでのこと。出席者の多くは海外企業から派遣された外国人CEO達だったのですが、そこであるアメリカ人CEOが「日本のビジネス文化に起因する課題をどうすれば解決できるか」についてのアドバイスを求めました。自社のアカウントマネージャーが「うちと取引したいのであれば、仲介会社を通してもらうことになります。」と見込み顧客に言われたのだそうです。その仲介会社の役割は単に間に入るだけ、しかも取引高の一部が取られる仕組みのようだったので、何故仲介なしに直接取引することができないかを訊ねると、「弊社のポリシーですから。」と取り合ってもらえなかったということでした。

明らかに理にかなわないこのポリシーのことを聞いたCEOは、これは日本独特のビジネスの取り決めに違いないと考えました。日本以外でも理屈に合わないようなビジネス習慣は存在するのですが、彼にはそのような考えは思い浮かばなかったようです。

そう、非合理なビジネスプラクティスは、日本独自のものという訳ではないのです。

しかしこのCEOは、反射的に、この問題の根本が「日本のビジネス文化」という曖昧な概念にあると思ってしまったようです。しかし私にはその原因がまず別のところにあるのは明瞭と思われました。

このアカウントマネージャーは、ゲートキーパー、つまり購買に関する決定権を持たない相手と交渉をしていたのです。ゲートキーパーは辻褄の合わない官僚的なポリシーであっても、それから逸れた案件に関する決定限を持っていないので、「いいえ」としか言えないことが殆どです。これは世界中どこの国にも共通しています。

購買権限を持つ相手とのみビジネス交渉を行うのは、日本を含め、世界中どの国においても営業の確固たる原則です。優秀なセールススタッフは、エコノミック・バイヤーとコンタクトをとる術を知っています。結局のところ、営業という仕事において重要なのは、適切な交渉相手に接触して話を進めることなのです。

このアメリカ人CEOがシェアした問題は、日本のビジネス文化でなく、営業チームのプロセスと能力に起因するものだったのです。文化というのは同様な考え方から来る似たような行動様式の集まりなので、彼の問題は、日本文化のせいではなく、実は彼の組織の営業チーム内の文化から引き起こされたものだと言っても良いでしょう。

「何故アカウントマネージャーの方々は、ゲートキーパーと交渉しているのですか。」と私は彼に尋ねました。「そこをまず改善することをお勧めします。多分そうすれば業績も改善すると思いますよ。」

ビジネスの問題をその国の文化のせいにするのは無駄なことです。数年前、神戸製鋼所での企業不正事件が発覚した際、ビジネスエキスパートと言われる人々の多くが、問題の根本に腐敗した「日本のビジネス文化」があると非難したことがありました。そんな中、私は日本の企業文化には本質的に悪辣なものはないと主張し続けました。実際、日本の企業の殆どは詐欺行為など行っていないのですから。

ちょうど同時期に起こったドイツのフォルクスワーゲンやアメリカのウェルズ・ファーゴでの不正事件においては、その国の文化に問題があるなどと主張した人などいませんでした。

国が企業文化を作るわけではありません。企業文化を作るのはリーダー達であり、リーダーがそれをおざなりにすれば、良くない企業文化が育ってしまうものです。神戸製鋼所、フォルクスワーゲンそしてウェルズ・ファーゴの企業文化にも深刻な問題が存在していたと考えられます。そしてそれはまずリーダーシップの問題から来たものでしょう。

私は以前ヨーロッパの有名なグローバルビジネスの日本支社CEOから、なぜ日本のビジネス文化には根拠の薄い概念がまつわりついているのか、聞かれたことがあります。そして、そういったイメージに惑わされず真実を見極める方法も尋ねられました。

それに、私はこう答えました。「理に敵わない場面に出くわしたら、まず『オッカムの剃刀』を適用することです。」つまり一番シンプルに説明できることが正しい答えである確率が高い、ということです。

最初に挙げたCEOの例を見てみましょう。どの説明がよりしっくり来ますか。アカウントマネージャーがゲートキーパーと交渉していたせいでしょうか。それとも理に通らない、日本の妙なビジネス文化が問題を引き起こしていたのでしょうか。

神戸製鋼の場合はどうでしょうか。リーダー達の故意、あるいは怠慢から生まれた企業文化から起こった問題だと思いますか。それとも訳のわからない日本文化に根付いた病気が日本中の企業を蝕んでいるのでしょうか。

あなたはどう思われますか。

自分でコントロールできないような訳のわからないものの中に、問題の根源を探すのはやめましょう。まず自分の組織の内部に目を向けて下さい。そしてシンプルなもの、例えば行動様式や動機、信念、個人の利益、といったものを見ていくのです。自分が影響を与えたり、変えることができたり、コントロールが可能なものを見つけましょう。

そして、自分自身にも目を向けてください。あなたが組織のリーダーであるならば、その組織のサイズに関わらず、企業文化を変える一番の力を持っているのは、あなたです。

どこの国であろうが、企業文化を作るのも、そのやり方も、あなたにかかっているのです。あなたが何もしなければ、それなりの文化が勝手に育ってしまいます。つまりあなた次第だということを覚えておいて下さい。

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